一ノ瀬正樹

東京大学名誉教授/武蔵野大学人間科学部人間科学科教授

プロフィール

1. 略歴
1981 年 3月 東京大学文学部第一類哲学専修課程卒業
1984 年 3月 東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了
1988 年 3月 東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程
単位取得満期退学
1988 年 4月 東京理科大学理工学部非常勤講師(~1991年3月)
1991 年 4月 東洋大学文学部専任講師
1994 年 4月 東洋大学文学部助教授
1995 年 4月 東京大学大学院人文社会系研究科助教授
1997 年11月 東京大学より博士(文学)の学位を取得
2002 年 7月 英国オックスフォード大学客員研究員(~2003年7月)
2007 年 1月 東京大学大学院人文社会系研究科教授(~2018 年 3月)
2011 年 1月 英国オックスフォード大学Honorary Fellow(現在に至る)
2018 年 4月 武蔵野大学グローバル学部教授
2018 年 6月 東京大学名誉教授
2021 年 4月 武蔵野大学人間科学部人間科学科 教授

2. 主な研究活動
a 専門分野
因果論、人格概念の研究、確率の哲学、死刑論、意思決定理論、動物倫理、自由と責任、音楽化された認識論、イギリス経験論、放射線被曝をめぐる哲学
b 研究課題
原因概念と責任概念の連携をめぐる認識論における規範性の役割の研究など
c 主要業績
(1) 著書
単著、一ノ瀬正樹、『人格知識論の生成 -ジョン・ロックの瞬間』、東京大学出版会、1997.5
単著、一ノ瀬正樹、『原因と結果の迷宮』、勁草書房、2001.9
単著、一ノ瀬正樹、『原因と理由の迷宮 -「なぜならば」の哲学』、勁草書房、2006.5
単著、一ノ瀬正樹、『死の所有-死刑・殺人・動物利用に向きあう哲学』、東京大学出版会、2011.1
単著、一ノ瀬正樹、『確率と曖昧性の哲学』、岩波書店、2011.3
共著、一ノ瀬正樹・伊東乾・影浦峡・児玉龍彦・島薗進・中川恵一、『低線量被曝のモラル』、河出書房新社、2012.2
単著、一ノ瀬正樹、『放射能問題に立ち向かう哲学』、筑摩書房、2013.1 
共著、一ノ瀬正樹・正木春彦、『東大ハチ公物語 -上野博士とハチ、そして人と犬のつながり』、東京大学出版会、2015.3
単著、一ノ瀬正樹、『英米哲学史講義』、ちくま学芸文庫、2016.7  など
(2) 論文
・一ノ瀬正樹、「日本における低線量被曝論争の構図」、『東アジアの死生学IV』、東京大学グローバルCOE「死生学の展開と組織化」、38-58 頁、2012.3
・一ノ瀬正樹、「期待効用の概念をめぐる覚え書き -原発事故と低線量被曝問題に寄せて」、『論集』 第 30 号、東京大学大学院人文社会系研究科哲学研究室、1-33頁、2012.3
・一ノ瀬正樹、「放射能問題をめぐる不確実性と予防原則 -災害時における生と死を考える-」、『「しぶとい都市」の作り方 -脆弱性と強靱性の都市システム-』、東京大学グローバルCOE プログラム「都市空間の持続再生学の展開」都市の脆弱性研究グループ、157-160頁、2012.11
・Masaki Ichinose、"Uncertainty and the Precautionary Principle concerning Problems about Radiation Exposure: A Thought on Life and Death in a Disaster" (In Vulnerability and Toughness in Urban Systems, eds by H. Ieda & N. Park, The "Urban Vulnerability" Study Group, Center for Sustainable Urban Regeneration, The University of Tokyo, 30 November 2012, p.161)
・一ノ瀬正樹、「放射能問題の被害性 -哲学は復興に向けて何を語れるか-」、『国際哲科学研究別冊1『ポスト福島の哲学』、東洋大学国際哲学研究センター編』、19-47頁、2013.3
・一ノ瀬正樹、「「音楽化された認識論」の展開 -リフレイン、そしてヴァリエーションへ-」、『論集』第 31 号、東京大学大学院人文社会系研究科哲学研究室、1-17頁、2013.3
・Masaki Ichinose、"Hybrid Nature of Causation" (In Ethics for the Future of Life: Proceedings of the 2012 Uehiro-carnegie-Oxford Ethics Conference, ed by T. Uehiro, the Oxford Uehiro Center for Practical Ethics, University of Oxford, June 2013, pp.60-80.)
・一ノ瀬正樹、「「ない」ことの因果」、『思想』第1073号「思想の言葉」、岩波書店、2-6 頁、2013.9
・一ノ瀬正樹「被害・リスク・予防、そして合理性」(『情報とリスク -ポスト3.11の哲学-』、哲学雑誌第128巻800 号、哲学会、有斐閣、2013年10月、pp.75-105.)
・Masaki Ichinose , "Noi perspective asupra dezbaterii legate de pedeapsa cu moartea" (In Filosofia Japoneza Azi,ed by S. Majima and E-M. Socaciu, editiura universitãtii din bucuresti, 2013, pp.197-226, in Rumanian.)
・一ノ瀬正樹「死刑論再考 -自由・責任・不確実性-」(『哲学研究論集』第7号、東京大学大学院人文社会系研究科哲学研究室、2013 年12月、pp.1-37.)
・Masaki Ichinose, "Beebee on Hume's inductive scepticism" (Journal of International Philosophy No.3,International Research Center for Philosophy, Toyo University, March 2014.)
・Masaki Ichinose, "Strawson on Locke's Theory of Personal Identity" (Philosophical Studies Vol.32. The Department of Philosophy, Graduate School of Humanities and Sociology, The University of Tokyo,March 2014, pp.1-9.)
・Masaki Ichinose, "Normativity, probability,and meta-vagueness" (Synthese, DOI:10.1007/s11229-015-0950-7, Springer, October 2015)
・Masaki Ichinose, "A Philosophical Inquiry into the Confusion over the Radiation Exposure Problem" (Journal of Disaster Research Vol.11 No.sp, September 2016, pp.770-779.)
など
(3) 学会発表
国際、Masaki Ichinose、"Probabilistic Causality Revisited" (Tokyo Forum for Analytic Philosophy. Inaugural Talk, The University of Tokyo, Japan. 12 April 2012)
国際、Masaki Ichinose、"The Hybrid Nature of Causation: In View of Some Ethical Issues" (Uehiro Carnegie Oxford Conference 2012 Life: Its Nature, Value and Meaning. International House of Japan, Tokyo, 18 May 2012.)
国内、一ノ瀬正樹、「放射能問題をめぐる不確実性と予防原則 -災害時における生と死を考える-」、東京大学GCOEプログラム「都市空間の持続再生学の展開」連続シンポジウム「「しぶとさ」のマネジメント -頑健な都市システムに挑む-」、東京大学工学部、2012.6.7
国内、一ノ瀬正樹、「p-自由と f-自由 -自由と決定論の対比構図が見逃してきたこと-」、科学基礎論学会 2012 年度講演会シンポジウム「自由意志の現在」、首都大学東京、2012.6.16
国内、一ノ瀬正樹、「放射能問題の被害性 -哲学は復興に向けて何を語れるか-」、「ポスト福島の哲学」、東洋大学国際哲学研究センター、東洋大学、2012.7.4
国際、Masaki Ichinose、"Two Kinds of Doubts about the Kripkenstein's Rule-Following Paradox" (International Conference: Kripke, Logic and Philosophy, Peking University, Beijing, China, 2 September 2012)
国際、Masaki Ichinose、 "Causality and Normativity" (First Conference on Contemporary Philosophy in East Asia, Academia Sinica, Taipei, Taiwan, 7 September 2012)
国際、Masaki Ichinose、"Descriptivity, Normativity, and Probability" (International Philosophy Conference on Probability and Vagueness, The University of Tokyo, Tokyo, Japan, 20 March 2013)
国内、一ノ瀬正樹、「バークリの「能動/受動」が懐胎する積極的ゆらぎ -『三対話』に発する数学観を手がかりに-」、日本イギリス哲学会第 37 回研究大会・シンポジウムⅠ「バークリ『三対話』刊行 300 年」、東北大学、2013.3.25
国内、一ノ瀬正樹、「生と死、そして道徳のディレンマについて考える」(福島高校講演会、2013 年7月12日、福島県立福島高校)
国際、Masaki Ichinose, "Beebee on Hume's inductive scepticism" (WEB International Conference: Dialogue concerning Philosophical Methods of Empiricist and Rationalist, International Research Center for Philosophy Toyo University, 12 October 2013)
国内、一ノ瀬正樹、「「犬と暮らす」ということ -ハチ公をめぐる哲学断章-」(シンポジウム「東大ハチ公物語」、東京大学弥生講堂・一条ホール、2014 年3月8日)
国内、一ノ瀬正樹、「あからさまな混乱がなぜ続くのか -3.11 の被害性について-」(3.11メモリアル・シンポジウム「生命をめぐる科学と倫理」・「問われる大学知」、東京大学福武ホール、2014年3月9日)
国内、一ノ瀬正樹、「予防原則と借金モデル -「前門の虎、後門の狼」に立ち向かう-」(問われる大学知「哲学熟議 in 東京大学」、東京大学工学部、2014年3月11日)
国際、Masaki Ichinose, "Causation by Absence and Normativity" (The American Philosophical Association Pacific Division 89th Annual Meeting, Westin Bayshore Vancouver, Canada, 3 April 2015. )
国際、Masaki Ichinose, "A Degree-Theoretic Approach to Causation by Absence" (A Plenary Lecture at The 3rd Conference on Contemporary Philosophy in East Asia, Soeul National University, Seoul, South Korea, 19 August 2016.)
国際、Masaki Ichinose, "Is the Death Penalty Possible?: From a Lockean Point of View" (John Locke Conference at Gakushuin, Gakushuin University, 10 December 2016) 
など

3. 主な社会活動
(1) 他機関での講義等
非常勤講師、東北大学、集中講義「自由、責任、そして因果」、2012.12.
文部科学省・中央教育審議会・初等中等教育分科会・教育課程部会・考える道徳への転換に向けたワーキンググループ主査(2016~) など

講義一覧


原因と結果の迷宮―因果関係と哲学

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(1)因果関係とは何なのか

「机を叩けば音が出る」。私たちはこれを当たり前だと思う。しかし本当にそう言えるのか。そう思わされているだけではないか。この哲学的な難問に取り組んでいるのが、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏だ。氏がいかにして、この「迷宮」に迷い込んだのか。そのきっかけとなった出来事から講話は始まる。(全8話中第1話)


「何々のせい」と物事の原因を確定するのは難しい

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(2)原因と責任の関係

原因と責任の関係は、わたしたちが考えているほど自明なものではない。東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏によれば、「マッチを擦って火が付いた」現象ですら、文脈によっては「マッチを擦った」ことが発火の原因とは見なされない。何を原因とするかは、すぐれて制度や文脈に依存したものなのだ。(全8話中第2話)


ヒュームの思想では「因果関係は思い込み」と考える

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(3)因果関係は私たちの癖である

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は、「究極の原因は決定され得ない」ことの根底にあるのは、因果関係そのものを人間が観察できないことだと言う。私たちは、「机をたたいた」ことと「音がした」ことしか知覚できないのに、その間に因果関係があると思う。しかし、哲学者デビッド・ヒュームの考えに従えば、それは経験に由来する「思い込み」にすぎない。(全8話中第3話)


「確率的因果」の迷宮性

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(4)確率的因果とその問題点

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は、さらに原因と結果の迷宮へと私たちを誘う。ここで問題となるのは、確率だ。私たちは、単なる確率にすぎないことに、時として強固な因果関係を見てしまう。しかも、予防接種と副作用の問題のように、確率は私たちの生活でも大きな問題となり得る。(全8話中第4話)


逆向き因果―原因と結果の時間的逆転とは?

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(5)逆向き因果の可能性

かつてヒュームが因果関係を見いだすのに必要だとした条件は、現代の物理学や哲学では完全に妥当しない。東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏によれば、原因と結果の順番は逆転し得るという。原因があって結果が生じるのではなく、結果が生じた後で原因がやってくることがあるのだ。これは、いったいどういうことなのか。(全8話中第5話)


不作為(◯◯しなかったこと)の原因は無限に拡散する

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(6)不在因果の問題

例えば、隣の家の花が枯れたとする。それは、隣の家に毎日親切に水をやっていた女性があるとき、旅に出て水をやらなかったせいなのか。一見何でもないようなこの問題には、原因と結果をめぐるとても重大な議論が潜んでいると、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は指摘する。「◯◯しなかったこと」を出来事の原因にすると、実は論理上、原因はほぼ無限大に拡散してしまうのだ。(全8話中第6話)


不作為を原因にすれば誰もが責任者であり得る

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(7)野放図に拡がる因果関係の世界

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏が指摘する「野放図因果」の射程は広い。育児放棄によって害された子どもの責任はどこにあるのか。私たちは普通「親にある」と考える。しかし、野放図因果の枠組みで考えれば、「何もしなかった」のは親だけではない。不作為を原因に考えれば、なんと、あらゆる人にその責任は帰属するのだ。(全8話中第7話)


因果関係は不確実で、不可思議で、不可欠なもの

原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(8)不確実で不可思議で、不可欠なもの

人間にとって、不確実で不可思議で、不可欠なもの。東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は、因果関係のあり方をこう表現する。一見自明にも見える因果関係には、実にさまざまな謎と迷宮が潜んでいる。「当たり前」だと思っていることを、通常とは違う角度から捉え直すのが、一之瀬氏のような哲学者たちの営みである。(全8話中第8話)


東京大学とハチ公の意外に知られていない関係とは

東大ハチ公物語―人と犬の関係(1)上野英三郎博士とハチ

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏が、海外でも有名な「ハチ公」の逸話を例に、人と犬の関係について考察する。第一回目は、ハチの飼い主・上野英三郎博士について触れ、東大とハチ公の結びつきや、東大駒場キャンパスに上野氏とハチの銅像が作られた経緯を紹介。また、深い感動を呼んだハチの行動に関するさまざまな見方についても言及する。(全5話中第1話)


なぜ人はハチ公の物語に感動するのか?

東大ハチ公物語―人と犬の関係(2)退廃モデルで物語る

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏がハチ公の逸話を例に、人と犬の関係を哲学的に考察する。人と犬の関係の物語り方には3つのモデルがあると一ノ瀬氏は言う。今回はそのうちの1つ、「退廃モデル」を取り上げる。退廃モデルを通して人と犬の関係を考えると、人間側のある問題点が浮き彫りになってくる。(全5話中第2話)


人と動物のアンバランスな関係を哲学的に考える

東大ハチ公物語―人と犬の関係(3)退廃モデルと補償モデル

東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏が人と動物の関係を哲学的に考察する。一ノ瀬氏は、その関係を語る第1のモデル「退廃モデル」の傾聴すべき点、問題点を挙げつつ、原理的検討と現実的対応の間にはずれがあることを指摘する。そのずれを認識し、現実の中での最善を目指すというのが第2のモデル「補償モデル」だ。(全5話中第3話)


動物の権利の問題点と倫理を語る上での新しい考え方

東大ハチ公物語―人と犬の関係(4)動物目線の語り方

動物実験には「3R」がある。1959年に提唱された世界的な基準理念で「削減(できる限り減らす)・改善(できる限り苦痛を与えない)・代替(できる限り別の方法をとる)」を原則としている。そのような流れの中、「動物の権利」や倫理の語り方について、東京大学大学院人文社会系研究科・一ノ瀬正樹氏は、新しい方法を提言する。(全5話中第4話)


犬は人間より道徳的には圧倒的に優れている

東大ハチ公物語―人と犬の関係(5)「返礼モデル」の提案

環境破壊をせず、戦争をせず、過去に固執せず、自らの現状を潔く受容し、最後は静かに死んでいく犬たち。犬と人間を比較すると、「犬の高潔さが、道徳的には圧倒的に優れている」と東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏は言う。遠く古代ギリシアにも、そのように考えた一派が存在したようだ。(全5話中第5話)